それは、いつもの夕食にひじき煮を食べていた時のことです。
ひじきの色を想像して頂けるとわかりやすいかと思うのですが、あのちょっと黒っぽい色をした虫がテーブルの上をトコトコと歩いていました。
ひじきに入ったら見分けがつかなくなるから嫌だなぁ、潰してしまおうかなと悩んでいた時のことです。
おそらく電灯の明かりに誘われて入ってきて、誤ってテーブルへ落ちてしまったんだと思います。可哀そうに、きっとこの家の他の人間に見つかれば真っ先に潰されてあの世へ飛んで行ってしまうだろう。
本当に可哀そうで仕方がありませんでした。この儚い虫の一生よ。
ちょうど真っ先に虫を潰しそうな父が席を立って難を逃れたのはとても運が良かったのでしょう。しかし、ハプニングは続きます。
この虫はちょうどテントウムシのような背中をしており、ひっくり返ると自力で起き上がるのは至難の業です。ただ見ているのもまた哀れでなりません。
ふと目を離したすきに、私の想像していた最悪の事態が起きていました。
ひっくり返って足をバタつかせているのです。頑張ろうにもどうあがいても元には戻れなそうです。
ほら、言わんこっちゃない・・・・
芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を読んだせいか、どうもどんなに小さな虫でも命があると考えてしまい、容易に始末することができない。影響されやすいボクなのです。もし地獄へ落ちた時に虫が助けてくれるかもしれない。
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ここで潰すのは人徳に背くと考え、私は指を差し出し、虫はうまく指の腹に乗り体勢を整えた。
これで、もうしばらくは生き延びるだろう。
食後、母にそんな話をしていたら、外へ逃がしなさいと打診された、
指で触ったら潰れてしまいそうなカヨワイ虫をティッシュにうまく乗せたその瞬間、
虫は姿を消したように落下してしまったようだ。
どこへ行ったかわからないほどの小ささだが、この家でうまく生き延びてほしいと思う。こんな小さな命だが粗末にはできないなと感じた瞬間だった。