グリーンふぁみりー「けーたの日記」

森のメンタルケア:心理カウンセラーが教える、自然とハーブで整う暮らし

仕事で疲れた心に、自然の処方箋を。心理カウンセラーが選ぶ、明日を少し楽にする暮らしと道具。

なんで私たちは、他人の「ハイライト」と自分の「日常」を比べて、勝手に落ち込んでいるんだろう

夜中の2時。薄暗い部屋でスマホの画面を指で弾きながら、私はまた深いため息をついた。

画面の中にいるのは、同業者のAさんだ。「今月も月収100万達成!」「新しいプロジェクトが順調で最高!」という言葉と共に、おしゃれなカフェで優雅にパソコンを広げる写真が投稿されている。

それを見て、私は自分の部屋を見渡した。積み重なった資料、冷めきったコーヒー、そして「今月もギリギリの収益だな」という現実。

……ああ、本当に嫌になる。 どうして私は、この人の「一番いい瞬間」と、私の「泥臭い日常」を並べて、こんなにも惨めな気持ちになっているんだろう。

私たちは「編集された世界」を現実だと思い込んでいる

よく考えれば、当たり前のことなんだよね。 AさんのSNSに載っているのは、彼女の人生のほんの数%、それも「最も光が当たった瞬間」を切り取って、綺麗に加工されたハイライト映像だ。

彼女だって、そのキラキラした笑顔の裏側で、深夜まで頭を抱えて悩み、誰にも言えない悔しさに枕を濡らしているかもしれない。失敗して、焦って、自分を責めて、それでも何とか立ち上がっている「リアルな日常」が絶対にあるはずなんだ。

でも、SNSという魔法の鏡を通すと、そんな裏側は全部消し飛んでしまう。

私たちは、誰かの「完璧に編集されたハイライト」を、その人の「すべて」だと思い込んでしまう。そして、自分の生活の「どうしようもない部分」ばかりを見つめて、「私はどうしてこうなんだろう」って、自分を殴りつけている。

正直に言うと、カウンセラーの看板を掲げている私だって、これにハマる。 「もっとこうしなきゃ」「あの人はあんなに結果を出しているのに」って、自分の中にドロドロした焦りが渦巻いて、夜も眠れなくなることがある。

比べるべき相手を、間違えていた

ある時、どうしても苦しくて、ノートに今の自分の気持ちを書き殴ったんだ。

「なんで私はAさんみたいになれないの?」 「なんで私だけ、こんなに遠回りしてるの?」

ずっと書き続けていくうちに、ふと思った。 「……あれ、私は一体、誰の人生を生きようとしているんだっけ?」

私は、私の人生を歩んでいるはずなのに、いつの間にか「Aさんの歩く道」を指をくわえて眺め、そこにいない自分を嘆いていた。

他人のすごさを認めることと、自分の価値を捨てることは、全く別の話だ。 それに気づいてから、意識的にスマホを伏せて、自分の足元を見るようにした。

昨日より、少しだけ深く人の話を聞けたこと。 今日、クライアントさんから「心が軽くなりました」とメッセージをもらったこと。 冷え込んだ夜に、温かいハーブティーを飲んで「美味しいな」と感じたこと。

そういう、誰にも見せない地味で、でも確かにここにある幸せ。 それこそが、私の人生の「ハイライト」なんだって、ようやく思えるようになった。

 

 

あなたの「日常」も、誰かにとっての「ハイライト」かもしれない

誰かを羨んでしまうのは、それだけあなたが「もっと良くなりたい」「もっと輝きたい」って願っているからだよね。それは、あなたの命がしっかり燃えている証拠だよ。

もし今夜、また誰かと比べて落ち込んでしまったら、こう自分に言い聞かせてみてほしい。

「今、私は自分の人生という映画の、裏側を撮影しているところなんだ」って。

どんな名作映画だって、完成した華やかな画面の裏には、何百時間もの地味な撮影と、汗と涙がある。あなたの毎日も、きっと同じ。今この瞬間も、あなたは物語を紡いでいるんだ。

画面の中のあの人も、画面の向こう側の誰かも、みんな一生懸命に自分の人生の脚本を書いてる。だから、あなたも大丈夫。他人のハイライトなんて気にしなくていい。

今日、あなたが一日を生き抜いたこと。それだけで、もう十分すぎるほど素晴らしいことなんだよ。

今夜はもう、スマホを置いて、ゆっくり眠ろう。 明日になったら、あなただけの、あなたにしか描けない物語の続きを始めようよ。

あなたの心に、少しでも静かな時間が戻りますように。


 

 


スポンサーリンク